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私、タヒチに住んでました(番外編1)

2011年2月11日

このタヒチブログを初めてご覧になる方は、ビックリされると思います。
不妊治療と全く関係の無いブログを何故書き綴っているのか?
理解に苦しむ方もおられると思います。
実は、患者さんの息抜きに読み飛ばして頂きたいとの願いからであります。
といいますのも、患者さんのお話を伺っていると、
治療自体の苦痛、周りの理解不足、通院することの精神的疲労etc…
毎日、治療中心の生活で、心身共に疲労されているように思います。
こんな時は、気が停滞するつまり「気滞」になりやすいんですね。

そこで、通院の待ち時間に、イライラしたり気が落ち込んだときに、
一日の終わりに、この暇つぶしブログを読んで、
「馬鹿だね~」って思ってもらえたり、
「クスッ」と笑って気を抜いてもらえたら嬉しいです。
一瞬でも、治療から少し心を開放する時間を作って頂きたいのです。
これ、12月に大村院長が紹介した「気滞」の解消法になります。

タヒチブログの反応は、今のところ好意的なご意見が多いのかな?
と思っております。(私の勘違いかもしれませんが)
患者のNさんは、このブログを書くきっかけを与えてくださいました。
患者のYさんは、新婚旅行でタヒチに行ったそうです。
患者のKさんは、一日の終わりに、読んでくださっているそうです。
その心優しいKさんは、『あの豚はもう食べられたのかしら?』と心配されてました。
そして、『中身は残飯でも、鍋は高級だね』と、鋭い指摘も頂きました。
(私は知りませんでしたが、フランス製の重たい鍋だったそうです)
その他、『今一番タヒチ旅行に興味があるのよ』と言ってくださったり、
私が皆さんを励ます立場なのに、逆に励まして頂いて恐縮です。

大村院長のブログは役に立つ話
田内のタヒチネタは、不妊治療には全く役立ちませんが、息抜きブログ

ですので、皆さんのご理解をよろしくお願いいたします。

さて、タヒチブログを書き出してから、面白い事が2つありました。
1つ目は、1月中旬頃でした。
過去の記憶を思い出しながら、昔の仲間はみんなどうしてるかな~って
想像しながらブログを更新していると、1本の電話が・・・
それは、私の元上司Y氏の奥さんからの実に数年ぶりの着信でした。
てっきり、「変なブログ書きやがって」という怒りの電話かとおもいきや、
『皆で田内の噂をしていたところなのよ~』と拍子の抜けする展開に・・・
そう、ブログを読んだのではなく、偶然の電話でした。
聞けば、元仲間が6人も東京のYさん宅で新年会の最中だというではありませんか?
それで、田内の噂になってわざわざ声を聞かせようと電話をかけて頂いたのでした。
一人ずつ声を聞かせてもらって、すごく嬉しかったのでした。
しかし同時に、『なんで私も呼んでくれへんの?』と、
幹事役の後輩S君に詰め寄ると、
『急な集まりになったので、遠方の方には連絡しませんでした』との弁。
来年は、前もって連絡しますと約束してくれました。
ありがとうS君。
そして、電話を切った直後、これまた偶然が重なるように、
サイクロンで失ったはずの写真がポロリと見つかったのでした。

願いは通じる・・・と思った瞬間でした。

そしてもう一つは・・・
長くなるので次回にします。

田内

偶然出てきた初年度(1990)に住んでいた住居の前での写真。
タヒチに染まる前のギラギラした私でした。
その後のサイクロン(1993)で土台だけを残し、跡形も無くなった。

もう小学三年生になりました その3 トラウマ

彼女のトラウマとは・・・点滴だったのです。
以前、病院で点滴をしてから左腕が上がらなくなった経験があったのです。
点滴の針は結構太いので、きっと神経を傷つけてしまったのでしょう。
それ以来、点滴の針にとても恐怖心を抱くようになっていたようなんです。

そこで、「僕の使っている鍼はね、0.16ミリだから随分と細いから・・・」と
言ったところで、0.16ミリがどれくらい細いか、ピンときませんよね。
丁度、髪の毛のような感じで、結構しなやかに曲がります。

さて、何とか第1回目の治療終了。「どうですか?」
「何か、体の芯から温まるような感じがします」と言ってくれました。
実は、スポーツクラブでエアロビやって、そのあとでお風呂に入っても
いつも体が温まった感じがなく、お風呂に入っている最中も
体全体が寒い感じがずっとしていたんです・・・とNさんは言ってました。

岩盤浴に行っても、体が心から温まったという感じを受けたことがなかったようです。

ところが、鍼の1回目から少しではありますが、
芯から温まっているという感じがしたようです。
これなら、3か月~6か月くらいで月経が戻るのではないかと予感しました。

病院では月経が止まってしまっているので、
お薬で月経を起こさせるようにしている状態で、
自然に3年ほど月経は来てなかったのです。

彼女の症状は、東洋医学でいう「胞寒」(ほうかん)という症状なのでした。

胞寒とは・・・

to be continue

Omura

もう小学三年生になりました その2

2011年2月7日

前回、N さんの治療が大変だったと書いたと思います。
・・・というのも、初診のときのこと。
当時、N さんは27歳くらいだったと思います。
結婚3年たってもなかなか赤ちゃんに恵まれないということで、
患者さんの紹介で来られました。

彼女の問題は、生理が10代の頃から不順だったようですが、
不定期に2~3ヶ月くらいに一度は来ていたようです。
23~24歳のころから、ピタッ!!と生理が止まってしまったのです。
たぶん、結婚生活を始めてくらいの頃からだと思います。
いろいろストレスがかかっていたのではないかと思われます。

初診の日、ベッドに寝ていただいてお話を聞いて、
では鍼をしてみましょう・・・と言ったら、「ちょっと待ってください」
手にいっぱい汗をかいて、「やっぱりやめます!!!」
あれっれれれのれ~・・・と思ったのですが、
「では、鍼治療はやめましょう」と言いました。

無理に治療しても効果も上がらないし、患者さんの意思を尊重したかったので。
そうしたら、N さん、何を思ったか・・・「やっぱり、鍼してください!!!」と言いだし、
「そんなに無理しなくてもいいですよ。」といったのですが、
目をひきつらせながら、「大丈夫です」というので、

「では、ちょっと休憩してからはじめましょう」と言って
10分ほどベッドで寝ていただきました。
「N さん、そろそろ治療させてもらっていいですか~」
「はい、どうぞ」と言われたので、
三陰交に鍼をしました。
「あれ、ぜ~んぜん大丈夫です」と安心されて、
足三里にも鍼をしました。これも大丈夫。

「大丈夫なようですね」「はい、いけそいです」。
そして腕にところに鍼をしようと思い、
「では、次は腕の所に鍼をしますね」と言った瞬間、
N さんは無意識のうちにパン!!   と僕の手をはね退けたのです。
「先生、ごめんなさい「どうしたの、大丈夫?」
まだ何もしてなかったのですが、
よくよく話を聞いてみると、彼女なりのトラウマがあったのです・・・

それは、・・・・

to be continue

Omura

もう小学三年生になりました

2011年2月4日

去年の7月の話になりますが、
この鍼灸院をオープンするにあたって求人誌に受付の募集をしたところ、
何と2日間で30人くらいの応募がありました。
N さんから電話をもらったのは、もう募集が終わってのことでした。

「すみません。もう受付の募集が終わってしまいまして・・・
またの機会があればよろしくお願いします」・・・
と丁寧にお断りした時のこと。

「あの~、もしかして大阪で鍼灸接骨院をされていた大村先生ですか?」
「そうですが・・・」
「あの時お世話になった、N です」
「あ~ぁ、N さん!! よく覚えていますよ」
「今どうしているの・・・」
「二人の息子に恵まれて、子育て真っ最中です」とのこと。

N さんは僕か大阪で不妊治療を専門に始めたころの患者さんです。
当時は鍼灸整骨院をやっていました。7年ほどやって、
上海に留学したんですけどね。それから、サンフランシスコへ。
この話は、また折を見てご紹介したいと思います。

へぇ~、息子さんもう小学三年生になるんだ。
あの頃は、鍼灸で不妊治療するところが少なかったということで、
関西一沿からたくさんの患者さんが、わざわざ来て下さったことを思い出します。
僕もまだまだ今のように患者さんの状態を診て、すぐにどんなツボを使って、
どんな手技で治療しようか手探り状態だったように思います。
今は、患者さんの状態を診て、ん~っ・・・ちょっと考えて、
「整いました!!」 という感じで、治療できるようになりましたけどね。
ですが、まだまだ勉強中です。

さて、N さんを治療するのが、これがまた大変だったんです。

to be continue

Omura

鍼灸と推拿整体 1

2011年2月2日

当院では、鍼灸治療と並行して推拿整体も一緒にご案内しております。

どちらも、血流改善、体質改善効果があります。
特に、子宮・卵巣の血流改善を行うことによって、様々な効果があったとの報告を受けています。

1.卵巣機能を高め、卵胞が出やすなる。卵胞の数が増える。胚盤胞(5日培養)に残る確率が上がる。

2.子宮機能を高め、内膜を厚くして着床しやすくなる。

3.生理周期が正常に近づき、生理痛が軽減する。また、月経前症候群の症状が緩和する。

4.体質改善によって、喘息、アトピー、腰痛、肩こり等の症状も合わせて改善していく。

ただし、生理周期によって鍼灸優先、推拿整体優先と替わっていくので、
患者さんの生理周期によっては、まず推拿整体から勧めさせて頂く事もあります
また、男性不妊に対しても鍼灸と推拿整体を組み合わせる事によって、治療効果が上がっています
詳細を知りたい方、興味のある方は、当院ホームページの左側にある「お問い合わせフォーム」から
ご相談下さい。

後日、院長から返信させて頂きます。

という決まりきった業務連絡はさておき、じゃあ実際にどんなケースがあったのか?

を次回お話しますね。

田内

私、タヒチに住んでました 7(災害編)

2011年1月30日

『ドン!ドン!ドン! 危ないぞ、早く逃げろ』

叩き起こされたのは確か1993年3月某日深夜1時頃だったでしょうか?
強風、荒波、ただならぬ気配でした。
前日に用意していた枕元の懐中電灯とパスポート等最小限の貴重品を握り締め、
まず、離れのキッチンを見に行くと、既に窓は壊れ床上浸水状態に。
慌てて、50m程の桟橋を歩いて陸まで逃げ出しました。
陸では、砂浜が舞い上がって砂嵐となり、まともに目が開けられない状態でした。

「サイクロン」がタヒチを直撃したのでした。

それから数日間、みんなで一番安全そうな場所を探しての避難生活が始まりました。
(海抜数mの島に安全な場所なんて存在しないですけどね)
とりあえず、陸に住んでいたタヒチアンの家に一時避難。
益々強風になり、不安ではありましたが、交代で仮眠をとるためウトウトしていると、
『バリバリバリ』『キャー!』『ドーン』
立て続けにものすごい音と悲鳴が・・・
なんと、リビングの壁が30°に傾き、トタン屋根が吹き飛んでいました
砂浜の砂が風にあおられて家の外壁に堆積し、
壁を押し倒した瞬間、風圧で屋根が持ち上げられたのでした。
家具が支えになって、30°で止まってくれましたが、
もし壁全体が倒れていたら、打ち所が悪いと死んでいたかも。

幸いにも怪我人はなかったので、全員で集合し、
また次の避難場所を探しに強風の中、外に出るはめに。
先程よりはまだ頑丈そうな家に避難させてもらい、当然、眠れない夜になりました。
翌朝、風が徐々に弱まったので、気になっていた自宅を見に行くと、既に倒壊寸前に・・・
「やっぱり避難して良かった」と思った瞬間、
高潮の力で土台だけを残し家がまるごとプカプカ浮き上がったのでした。
改めて、大自然のすごさを目の当たりにしました。
そして、1時間かけて砂浜の海岸まで打ち上がっては戻りながら崩壊して行きました。

昼頃になると、風はかなり収まりこれで生き延びれると安堵しました。
そして、家が倒壊した辺りの砂浜を見てみると日本食の備品が散在していました。
ほとんどは、使い物にならなかったのですが、その中に永谷園のお茶づけを発見!!
当然ヨレヨレになっており、これもダメかと思いつつ一個開封すると・・・
なんと半日以上波に揉まれながらも中身は大丈夫だったんですよ。
さすが、メイドインジャパン、感動しました。

後に話を聞くと、普段来ないサイクロンが、10年に1回、
異常気象(エルニーニョ現象)の影響で進路をかえるため、直撃するらしいのです。
不運にもそれに遭遇してしまったのでした。
前夜、地元ラジオから情報を得ていたので、避難準備はしていましたが、
さて、どこに逃げるの?という環境なので、
(昔はヤシの木に子供をくくりつけて難を逃れたという逸話があるそうです)
「状況を見て判断しよう」となり、部屋で寝ていたらこんな目に・・・
以来、海上生活には終止符を打ち、陸上での生活に変わりました。
(まだ早死にしたくなかったので)
この時、巨大マンタの写真も海へと消えていきました。
大自然は真珠という恩恵も与えてくれるし、逆に、試練も与えてくれるのですね。
施設は壊れましたが、幸いにも真珠貝に被害は少なく、
1ヵ月後、奇跡的に仕事再開を果たしました。

田内

写真1:昔住んでいた海上生活はこんな感じ。

写真2:避難先の住居はこんな感じ。外壁はベニヤ、屋根はトタン。

写真3、4:災害後でも、常に明るい村の子供達。

ヒロインになって女性ホルモン分泌促進 !!!

2011年1月29日

当院のちょっとした心遣いの中に、
「癒しの音楽」を流すように心掛けています。
毎週1枚のCDを流しっぱなしにしているだけなのですが、
いろんなジャンルの音楽を楽しんでいたたきたいと思っています。
クラシック、ジャズ、ポピュラー、Jポップのオルゴール…など。
さすがにロックはかけられませんね。

今日はバイオリニストの高嶋ちさこさんの「Aria」というアルバム。
ジブリの曲やルパン三世の曲などさまざま。
ふと耳にとまった名曲「ひまわり」。
患者さんに、「この曲しってますか?」・・・と何人かに訪ねたのですが、
ほとんどの人が知りませんでした。随分と昔の曲ですからね。

そこで、映画のうんちくをちょっと披露。
ご存知の方も多いとは思いますが、
ソフィア・ローレン、マルチェロ・マストロヤンニの悲哀ストーリー。
これまた、涙なしでは語れません。
音楽はヘンリー・マンシーニ。
「ひまわり」見たこと無かったら、
一度、ご主人とDVDレンタルしてみては・・・と、
これまた強引におすすめ。

・・・というのも、この名作、女性にとって、
ひまわりを見て涙せずにはいられないと思うから。
いつの間にやらヒロインのソフィア・ローレンなって、
渇いた涙腺をうるおすと、女性ホルモンの分泌が盛んになるのですぞ。

いい卵胞にはエストロジェンが必須ですね。
ヒロインになって、女性ホルモンの分泌促進させて、
めざせ、グレードのいい卵胞を!!!
マジ~と思っている人、一度、低温期に「ひまわり」を
ご覧になってみてはいかがですか?

いい卵胞ができた人は良かったら、ご報告いただけますか。

Omura

私、タヒチに住んでました 6(愛すべき動物達編)

2011年1月27日

約10年程のタヒチ生活では、様々な動物達と触れ合ってきました。
今回は、その動物達の一部をご紹介します。

1.マンタ(オニトマキエイ)
写真1は、内海(ラグーン)に餌を求めて入り込んできたマンタ。
まだ子供サイズで両翼約1m位でしょうか?

その昔は、両翼2m以上のマンタの片方の角?がイカダ周辺のロープに絡んでいたのを
小さなボートで救出したこともありました。
ボートに引き上げる時、重すぎてあやうく転覆しかけました。
その時、記念にマンタの口に手を入れさせてもらいました。
写真がないのが残念ですが・・・。
(全国のダイバーの皆さんごめんなさい)
勿論、そのあとは無事に海へと戻した事を忘れず報告しておきます。

2.ウミガメ
写真は、ウミガメもよくラグーンに入り込んでいましたので、
時々、ロープに絡んでいたところを救出しました。
写真2はタイマイ、写真3はアカウミガメだと思います。
どちらも保護動物なんで、勿論、海へ戻してあげました。

3.ナポレオン(メガネモチノウオ)
写真4は、パス(水路)でタヒチアンが釣り上げたナポレオンフィシュ。
頭においている私のゾウリから計算すると、体長1mくらいの大きさでした。
このあと、彼らの胃袋へと導かれてました。
(全国のダイバーの皆さん、私は食べておりませんので)

4.豚
写真5は食用で放飼いになっていた豚。
各家の残飯が彼のご馳走のようでした。
愛着が出過ぎると食べれなくなるのは、万国共通でしたね。

5.ヒヨコ
放飼いの鶏が各所にいました。
親の後を数十尾のヒヨコがあとをついて歩いてました。
一番鈍くさそうなのを捕まえて、写真6をパチリ。

まだまだ、いろんな写真があったのですが、ある出来事をきっかけに、
無くなってしまいました。
次回はその話を・・・。

田内

私、タヒチに住んでました 5(真珠編)

2011年1月24日

土曜日、患者のKさんから
『ブログ楽しみに見てるよ』『次はいつ更新するの?』
と言って頂きました。
このタヒチ話をどこまで続けるか?
当初のブログの主旨と全く無関係なので毎回悩んでおりました。
その日はすごく忙しかったんですが、Kさんの暖かい一言で疲れが吹っ飛びました。
おだてに弱い単純な私は思いました。もう少しこの話を書き続けようと。
ほんとにつまらない話なので、息抜き程度に読み飛ばして下さい。

さて、黒真珠は出来上がるのに18ヶ月必要と前回書きました。
それゆえ、真珠養殖の仕事で何が楽しいかと言うと、
間違いなく浜上げの時でした。
しかし、同時に、自分の評価にも繋がっていましたので、
浜上げ当日の朝は、毎回、緊張でお腹を下していました。
綺麗で大きな真珠が出来た時にはみんなで喜びました。
ダメなときはみんなから非難を受けました。
まるで、551のあるとき、ないとき・・・みたいでしたね。
各自、浜上げ時には、自分の作った真珠を見て今後の仕事の修正をしてました。

実は、黒真珠ほど色と形のバリエーションが豊富な真珠はありません。
色は、「黒真珠」と言っていますが、ブラックやグレーは三級品です。
一級品の色は「ピーコックグリーン」と呼ばれています。
グリーンが主体でピンク、ブルー、イエロー等が少し混ざった状態で、
あたかも孔雀の羽色のように様々な色が混在していることからその名が由来しています。
形は、ラウンド(球形)、セミラウンド(半球形)、ドロップ(涙形)、ポワール(洋梨形)など、
色々な形が存在します。
色も形も個性的な真珠といえます。
ちなみに、アコヤ真珠を黒く染色したもの(9mm以下の大きさが多い)は
黒真珠ではありませんのでご注意を。

当時は、日本に帰国する度に、色々なジュエリー店を見て回りました。
20年前は、ブラック、グレー色を当たり前のように勧めるお店が多数あり、
(法事用に使うイメージが強かったのか?)
「ピーコックグリーン」はどこに行ったの?と悲しい思いをしてきましたが、
10年前位から、徐々に見かけるようになってきました。
もちろん、そういう良質な黒真珠を扱っているジュエリー店は信頼できるので、
他の宝石を買うときの店選びのポイントにしていました。
しかし、結構な数の真珠を作ってきたはずなのですが、
私の手元には一つも残っていないのは何故なんでしょうかね?

今回は、能書きが多くてほんとすいません。
真珠関係はこの辺にして、次回は、方向転換します。

田内

写真1:浜上げ直後に自分の作った真珠を見学に来た田内
写真2:同じく自分の真珠を手ですくう
    光が強いのと磨く前のくすみで黒く見えるが、実は、様々色がある
写真3:真珠の選別人(経営者ではない)

クルム伊達公子さんも治療していたんですね

先日、NHKハイビジョンで、
「ザ・スター」という90分番組を見ました。
メインゲストはアラフォーの星、
プロテニスプレーヤーのクルム伊達公子さん。
お父さんに復帰のシュティフィ・グラフとの
エキシビジョンマッチを
見せてあげられなかった・・・の話は、
彼女も会場の女性たちも涙、涙、涙でしたね。
僕ももらい泣きしてしまいました。
トークの中で、伊達さんは不妊治療してたんですね。
小耳にはさんだことはあったのですが、
テレビでちゃんと治療のことについて、
話せるって、すごい勇気が必要だったと思います。
特に原因がわからないと言われていたようだけど、
彼女の年齢だったら、鍼灸と漢方治療したら
十分に妊娠できると思うのだけれど・・・。

経験上、それと勘。

テレビを見ていて、今の彼女、ピカピカ輝いていましたね。
好きなことをしても苦難はあるけれど、
自分の今しなければならない事を
まっしぐらに打ち込めることって、
素敵だと思いました。
不妊治療で悩んでいるみなさん、
いろんな苦悩や壁があるけれど、
夫婦互いに信じ、協力し、自分のトライしていることに
後ろ向きにならないで頑張って欲しいと思います。

ときどき息抜きしながら・・・。

Omura