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クルム伊達公子さんも治療していたんですね

2011年1月24日

先日、NHKハイビジョンで、
「ザ・スター」という90分番組を見ました。
メインゲストはアラフォーの星、
プロテニスプレーヤーのクルム伊達公子さん。
お父さんに復帰のシュティフィ・グラフとの
エキシビジョンマッチを
見せてあげられなかった・・・の話は、
彼女も会場の女性たちも涙、涙、涙でしたね。
僕ももらい泣きしてしまいました。
トークの中で、伊達さんは不妊治療してたんですね。
小耳にはさんだことはあったのですが、
テレビでちゃんと治療のことについて、
話せるって、すごい勇気が必要だったと思います。
特に原因がわからないと言われていたようだけど、
彼女の年齢だったら、鍼灸と漢方治療したら
十分に妊娠できると思うのだけれど・・・。

経験上、それと勘。

テレビを見ていて、今の彼女、ピカピカ輝いていましたね。
好きなことをしても苦難はあるけれど、
自分の今しなければならない事を
まっしぐらに打ち込めることって、
素敵だと思いました。
不妊治療で悩んでいるみなさん、
いろんな苦悩や壁があるけれど、
夫婦互いに信じ、協力し、自分のトライしていることに
後ろ向きにならないで頑張って欲しいと思います。

ときどき息抜きしながら・・・。

Omura

私、タヒチに住んでました 4(仕事内容編)

2011年1月20日

最近、タヒチネタばかりですいません。
皆様の息抜きにしていただければうれしいです。
思い出した時に書き込んでおりますので、不定期なのはご容赦下さい。

さて、実際の主な仕事は、挿核作業と養殖場管理でした。
月~土は机に座ってコツコツと挿核作業、
日祝は沖の養殖いかだに吊られている黒蝶貝の生態調査や
正しく吊っているか?盗まれていないか?を管理していました。
自分の施術貝は、きっちり浜上げまで選別されているので、
まるで自分の子供のように毎週様子を見に行ってました。

黒真珠は、出来上がるのに約18ヶ月かかります。
まず第一関門として、挿核施術をしてから2ヶ月後に判定日を迎えます。
例えば、100貝施術したら、何貝残っているかの歩留まりを全て検査するんです。
これを乗り越えれば、そのうちの8割位が真珠として浜上げを迎えることができます。
判定日は、いわば中間成績のようなものですね。
しかし、この数字が悪ければ、18ヶ月(自分の浜上げ)を待たずに
解雇された人も見てきましたから、もうドキドキでした。
正直、最初の3年間は散々な成績でした。
タヒチアンは素直でしたから、ほぼ毎日、『はよ日本帰れー!』ってけなされてました。
また、日曜に仕事してると、『お前は早死するぞー』ってからかわれてもいました。
そんな時、落ち込んだ気持ちを夕日はいつも癒してくれていました。

そして迎えた1年目の契約更改の日、もう解雇は必死だと覚悟して臨んだ
オーナーとの食事会は緊張してほとんど何も覚えていませんが、
最後に一言、私の肩をポンと叩いてから手指を開いて『サインコーン』
と言った笑顔だけは今も脳裏に焼きついています。
5年間頑張れと言う意味だっだんですが、緊張しまくっていたので、
来年5万か、まあ解雇よりマシかな~って思ったんですね。
ところが・・・
給料は下がるどころか少しアップ、しかもM君との差額を全額頂けることに。
いや~びっくりしました。おまけに5年も来れるなんて。
将来に期待するという理由だったそうです。
燃えましたね~次の年からさらに。
しかし、数年間は、空回りでしたけどね。
毎年それの積み重ねで、いつの間にか10年程続くことになったんですね。
その間、様々な出来事がありました。
また、思い出しながら書いてみますね。

田内

1枚目:沖の真珠貝を潜水調査中
2枚目:1番の癒しになっていた夕日
3枚目:同じく夕日、毎日違った色に染まるので、何回見ても飽きない

股関節のズレは下半身の冷えをつくる

2011年1月15日

前回、人工授精で初妊娠されたSさんの原因は
3つあったと書いたと思います。
1. 左股関節のズレ
2. きつい冷え性
3. ストレス

彼女が治療用ベッドに寝て、問診をしようとしたとき、
どうもベッドに平行になっていない。
腰辺りから左に寄っていてぎこちない感じ。
足の親指の長さは2センチほど短くなっている。
股関節がズレていたんですね。
それを、ちょいと5分ほどで整体で整復。
もう一度まっすぐに寝てみてください・・・と。
「あれっ!! 何かまっすぐな感じがします」と言っていました。
今まで股関節かズレていたので、腹腔内に流れる血液量が
少なくなっていたのでしょう。
それで子宮や卵巣に新鮮な血液が豊富に流れないため、
冷えていたんですね。

7回も人工授精しても妊娠に至らないストレスを強く感じていて、
全身の血流量も停滞気味だったことが、「下半身のきつい冷え」を
作っていたのだと思います。
股関節のズレは2度ほと整復しました。一度治しても、
また戻ってしまうことは多くあります。
それは固くなった股関節周囲の筋肉が骨を引っ張るからなんですね。
根気強く何度も治療すると、ズレなくなってきます。

もちろん、鍼とお灸をして体を芯から温めやすい体質改善は必要です。
昨日、赤ちゃんの心拍が確認できたので、95%くらいはもう大丈夫。
12週~14週くらいまで、あとは流産予防の鍼灸治療をします。
ただ、7週~9週はとてもデリケートな時期なので、誰でも流産の可能性が
ついてまわります。
染色体異常の場合はどうころんでも救いようがないのですが、
鍼灸治療で随分と流産の予防はできるんてすよ。
つわりがひどい時期でも、鍼をすると、胸がスーッとして、
気持ち悪いのが随分と楽になります。

え~と、どこに鍼とお灸をしたかって。
それは、ちょっと教えられません。(治療中に田内先生に言ってるけどね)
治療方法はうなぎ屋の秘伝のタレ・・・のようなもので・・・。
何せ、今の治療法に至るまでに10年はかかりましたからね。

そうそう、正月に東京に行っていたので、
友人に連れられ浅草の「小柳」といううなぎ屋さんに行ったのですが、
関西とはまた違ったさっぱりとした味わいで美味しかったです。
「うな重」の松。2,100円。ちょっと高いなぁ~。
肝吸い105円。
え~っ!!! サービスじゃなかった。少々悔しかったのであります。

Omura

左またズレている???

2011年1月11日

私、タヒチに住んでました・・・田内先生のシリーズ、
読み応えがありますね。へぇー、僕も知らなかった
田内先生のタヒチ、サバイバル体験。
それにしても、写真の海の透明度とコバルトブルーは
癒されますね。
僕も今、パクリネタで「私、上海に住んでました」シリーズを
構想中。こうご期待!!!

さて、今回の本題に入りたいと思います。
今回、2か月くらい治療して初妊娠されたSさんのカルテに、
「左またズレている」と書いていたので、
あれっ?「左股ズレている」だったかな・・・?
カルテにそんなこと書くはずないし、あっ!! そうか、
「左がまたズレている」か?急いで記入したので、
間違ってしまいまた。
正しくは、「左股関節がまたズレている」でした。
「左股ズレている」とカルテに記入したアホな自分を笑ってしまいました。

さて、Sさん39歳、人工授精を7回くらいやって、すべてマイナス判定。
冷え性もきついということで、僕が構成に携わっている
足立病院、生殖内分泌医療センターに置いてある情報誌「ふっくら」を見て
来て下さいました。
もちろん、鍼灸治療は生まれて初めて。
僕の治療所に来てくださいる患者さんの95%以上は、
鍼灸治療が生まれて初めてという方ばかりです。
・・・ということは、患者さんにとって僕と田内先生が
一番最初の鍼の先生になるわけですね。
ん~!!! 責任重大です。
鍼って、怖いでしょ。初めての人にしたら、
絶対に怖いと思いますよ。
でも、一度、鍼灸治療を体験してみると、
全~然痛くないですよ。それに、カラダがリラックスして、
ぽかほかでとても気持ちいいものですよ。
それは、痛くないように鍼をするテクニックを
若いころ中国で学んで、開眼しましたからね。
今、週に100人弱の患者さんが治療に来られています。
最近はご主人も来られるようになってきました。
男性も鍼灸治療すると精子の運動率とか量とか改善されますよ。
たくさん来られているので、ちょっと安心でしょ。

話がそれましたが、Sさんの不妊の主な原因は、3つだと思います。
1. 左股関節のズレ
2. きつい冷え性
3. ストレス

この3つが主な不妊症の原因だったのではと思い治療しました。
それは、・・・・・・・・

to be continue

Omura

私、タヒチに住んでました 3(仕事環境編)

2011年1月10日

タヒチと言えば何を思い浮かべますか?
ココヤシ、パレオ、熱帯魚…じゃなくて黒真珠ですね。
皆さんご存知でした?世界の黒真珠の約95%がタヒチ産なんですよ。
という訳で、私、黒真珠作りの職人でした。

同業の先輩達は、この職業を「技術者」と呼んでました。
そして、名刺の肩書きを「テクニシャン」って書いてましたが、
私には、どうも変に聞こえるので、肩書きなしを貫き通しました。

ところで、黒真珠は、海がすごく綺麗な所でないと良質なものはできません。
海が綺麗=人の住んでいない田舎
つまり、無人の場所に作業場と住居を一から作ったんですね。

ちなみにこんな生活でした。
浅瀬の上の二階建て(一階作業場、二階住居)の二階に住む。
見た目は水上バンガロー風。(1枚目の写真を参照)
しかし、内情は、壁が薄いベニヤ一枚。物音は漏れ放題。
通勤時間10秒、二階から一階に降りるだけ。
当然遅刻なし。必ず誰かが起こしに来てくれる(笑)。
電気は発電機と小さなソーラーパネルのみ。しかも節約のため9時には消える。
水道はなく、雨水が全て。飲み水はボルビックと雨水。
最初の頃、一週間続く激しい下痢に見舞われ、死ぬかと思ったが、
誰もが経験するらしく、その後は身体が順応。
コップ一杯で洗顔と歯磨き。小さなバケツ一杯で全身を洗う。
雨が降らないとさらに少ない量の時も。
これを期に、節水の達人になる。
食料調達のため、仕事後の魚釣りは強制出動。
釣れないと死活問題になるため、釣りの腕が自然に上達。
料理は当番性。多いときは15人前を2人で作る。
おかげで、料理の腕前上がる。魚の三枚下ろしが得意技。
車はもちろんない、移動手段はボートのみ。
必要に迫られ、日本で小型二級船舶免許を取得。
当時、車よりボートの運転の方が上手かった。
テレビはもちろんない。
どうも吉幾三の歌に似ていますね。

ちょっと長くなりましたので、今回はこの辺で。
次回は仕事の内容をもう少し説明しますね。

田内

1枚目は養殖場の全景。
2枚目は養殖場の船着場。透明度が良すぎるので浅く見えるが、
足場の下は深い所で水深5mある。

2010年、11月は5人、12月は7人 妊娠されました

2011年1月7日

11月  計 5人  

自然妊娠 2名(42歳、34歳)
IVF     3名(40歳、32歳、38歳)   
(採卵周期移植 1名 凍結胚移植 2名)

12月  計 7人 

自然妊娠  1名(36歳)
AIH      1名(36歳)
IVF      5名(34歳、44歳、41歳、36歳、39歳) 
(採卵周期移植 1名 凍結胚移植 5名)

妊娠された方のデータを余り公表するのはどうかな・・・と
思ったのですが、皆さんの参考になればと思いブログに
記することにしました。 

妊娠された方は全員、紆余曲折があって、
なかなか妊娠に至らなかった方ばかりです。 
「大村先生、田内先生ありがとう」
「こんなことだったら早く鍼灸治療にトライすればよかった」
という一言がとてもうれしく思います。
この仕事をしていて良かったなと思える瞬間でもあります。
ただ、治療に来られている患者さんすべてが赤ちゃんに恵まれるわけではない
現実がとても胸を痛くさせます。
でも、患者さんとの出会いがあったから赤ちゃんに出会えた一助に
なったのではないかと思います。

一期一会っていうやつかな。

私たちの鍼灸治療は不妊治療そのものをするのではなく、
その人のウィークポイントを治療しながら子宮や卵巣、
ホルモンバランスが良くなるようにアプローチしています。

タイミングや移植前に風邪をひいてしまったらそれ治療をしながら。
喘息があればそれを治療しながら。
アトピーや花粉症があればそれを治療しながら。
甲状腺の問題があればそれを治療しながら。
痔があればそれを治療しながら。
ストレスがあればちょっと小ネタ???
を入れながら、笑いもありの治療をしながら
リラックスするように努めています。

もちろん肩こり、眼精疲労、腰痛の治療もしていますよ。 
次回はどうやって治療して不妊を克服されたか・・・というテーマのものを
書きたいと思ってます。

Omura

それにしても、ウェットスーツ姿で船上で睨みを利かしている
田内先生の若かりし頃の写真に初笑いしたのは、僕だけでしょうか?      
           

私、タヒチに住んでました 2(旅立ち編の続き)

2011年1月5日

まず、前回の補足から・・・
タヒチといえば、天才画家ゴーギャンが余生を送った島として有名です。
また、「地上最後の楽園」と表現されるほど、海がすごく綺麗な所です。
タヒチ・モーレア・ボラボラ島など数ヶ所は火山島なので陸地が多いですが、
残りの島は100%サンゴ礁が隆起して陸地が成り立っているので、
海抜数メートルがほとんどです。
それと、環礁といってリング状の島になっているのが特徴で、
陸地が極端に少ないため、人口が一ヶ所ないし数ヶ所に集中しています。

さて、運よくタヒチにたどり着いたのでしたが、
ほんまに無給なのか??という疑問を抱かれた方も多いと思います。
結局、「さすがに無給は可哀想だ」という事と、
労働ビザ取得にあたり、契約上、タヒチでの最低賃金はクリアーする必要があったので、
本採用M君の半額でのスタートでした。
それから、ほぼ毎日、日曜祝日も関係なく1年間がむしゃらに働いた結果、
『ヒロはよく頑張ってる』と評価して頂き(当時はヒロと呼ばれておりました)、
M君と同等の査定となり、年末に1年分まとめて残り半分を全額頂き、
思いがけないボーナスとなりました。
きっかけを与えて頂いたS先生に感謝。
経営者Jさんに感謝。
日本人上司Yさんに感謝。
タヒチアン統括責任者Lさんに感謝。
同僚のM君に感謝。
私の仕事を支えてくださった皆さんに感謝、感謝。
欲を出さずに働くことの大切さを教えていただきました。
翌年から、さらに仕事に打ち込んだのは言うまでもありません。

その後、M君はタヒチアンと結婚してタヒチに定住、
私はお世話になったJさんの引退を区切りに帰国と、
別々の道を歩み始めたのでした。

で、何の仕事をしてたかって?
それはまた次回に・・・

田内

※一枚目は島(環礁)がリング状を形成している写真

 二枚目はタヒチアンと仕事中。ヒゲを伸ばしたままの田内

新年あけましておめでとうございます

2011年1月3日

皆様、あけましておめでとうございます。
スタッフ一同、本年もよろしくお願いいたします。

田内は、2日に八坂神社へ行ってまいりました。
天候にも恵まれ、大勢の人、人、人。
その後、すぐ近くにあるご先祖様のお墓参りもしてきました。
昔は、毎年、実家の近くのお寺さんで鐘つきをしてから
北野天満宮におけら詣りに行くのが通例でした。
火を点けた縄を消えないように振り回しながら帰宅するのですが、
これがなかなか難しく、家までもった例がなかったでしたね。

今年は、去年より少しでも皆様のお役に立てるように、日々進歩していきたいです。
それには、院長の言葉通り、やはり日ごろの努力ですよね。
継続は力なり・・・肝に銘じたいと思います。

ところで、この「肝」、よく慣用句にも出てきます。
肝がすわる・肝っ玉が大きい・・・
これらは、何物にも動じない大きな感情をあらわしています。
でも何故他の臓器ではなく「肝」が使われているのでしょうか?
答えは東洋医学の概念にあります。

「肝は判断力を養い、感情全体を支配する」
肝がしっかりしていれば、周りの変化に素早く対応して適切な行動がとれますが、
日頃から怒ってばかりいると、この「肝」の機能が低下し、
すぐイライラしたり、判断力が鈍くなったりします。
以前、院長が書いた「気滞」の原因の一つでもあるんですね。
皆さん、怒りすぎは損ですよ。

田内

明けましておめでとうございます。おみくじは・・・

2011年1月2日

皆さん、あけましておめでとうございます。
月並みですが、ウサギ年にジャンプして飛躍したいものですね。
(マジで月並みですね…….とほほ)

生駒の宝山寺に行ってきました。
昼過ぎからケーブルに乗って行ったのですが、まぁ、人だかり。
入門規制があって、20分ほど並んだでしょうか。

境内に入っても手を合わせるまでにまた20分ほどかかりました。
境内の左手すぐに手を洗って口をすすぐ場所が有るのですが、
大半の人はそのまま手を洗わず、賽銭箱にお金を投げ入れ、
鐘を鳴らして手を合わしていました。

「合掌」って、信仰心が薄い僕でもせめて手と口を清めて...と
思うのですが???
罰が当たるんじゃないかと思います。時代は変わったのでは...
そんなことないと思うのだけれど。

宝山寺はよく生駒聖天と言われて、商売の神様も祭っておられるところでして、
神仏どちらも一度に参ることができて、とても便利なので正月の初詣には
よく行きます。

初詣と言えば・・・おみくじですよね。くじを引く前に
30代くらいの男性が「ここのおみくじは、辛口やなぁ~」とボヤキながらすれ違いました。
「ヤバい(汗、汗、汗)」「いらんこと耳に入ってしもうたがなぁ」
「せっかくこれからおみくじ引くところやのにぃ~」
「元旦からげん悪いなぁ」・・・とぼやく。

それでも、せっかく初詣にきたからには、おみくじせな帰られへんし。
気を取り直しておみじ箱にスタスタスタと一直線。箱をカラカラ、カラカラ回して、エエィッ!!! と
一気に天から地に向かって振りかざし………….えらい大げさですね。
一発で七十八番の棒が出てきました。

な~んと、「大吉」でした。

是非皆さんにお福分けしないといけませんね。
これで俺の運も使い果たしてしまうのか...はてさて今年はどうなるのやら。

運も大切ですけど、やはり日ごろの努力ですよね。

Omura

私、タヒチに住んでました 1(旅立ち編)

2010年12月28日

患者のNさんと何気ない会話のなかで・・・
『どこに行ってたの?』
『タヒチっていう小さな南の島です』
『私、旅行に行ったことある。ブログに書いてよ』という話になりました。
ご要望にお答えして、年末年始スペシャルとして書き留めておきます。
ブログの主旨とは少し異なりますが、皆さんの息抜きになればと思います。

田内は、日本がバブルで盛り上がっていた頃からしばらくの間、タヒチ在住でした。
正式名称はフランス領ポリネシア、大小様々な島からなっています。
したがって、タヒチは島の名称で国名ではありません。
きっと、タヒチ島は一番大きな島であり、首都パペーテと国際空港もあるので
日本では、「タヒチ」と呼ばれる事が多いのでしょう。
公用語はタヒチ語とフランス語の両方、人口は26万人程。
場所は・・・おおざっぱにいうと太平洋のど真ん中あたりです。

きっかけは、卒業目前の田内を呼び止める大学教授S先生からの一言でした。
『田内くん、行って来たらどうかね』『はい!』
という短いやりとりの瞬間、お金は無いが南の島で暮らしたい!
と熱望していた田内にとって、またとないチャンス到来でした。
数日後、気合だけで面接へ・・・
当然というべきか、何も準備できなかったため、結果はその場で不採用。
しかし、あきらめと恐れを知らない若造だった田内は、
すぐに『無給でもいいから行かせて下さい!!!』と食い下がりました。
面接官は目が点に・・・しばし沈黙のあと経営者(フランス人)に掛け合ってくる
との返事をもらいました。
そして、運よくおまけ採用になり、大きな進路変更となりました。
「よ~し。本採用よりおまけの方が良かったと言わせてみせるからな~」と
闘志をむき出しにして飛行機に乗った事を今も鮮明に覚えています。

あれから20年、最近、様々な場面で決断力が鈍ってる事を痛感しています。
そういえば、鍼灸では、「肝臓・胆のう」がその決断力を司っています。
肝臓・胆のうの経絡を伸びやかにして、もう一度、昔の決断力を・・・とは裏腹に、
色々背負う物が増えて(体重も)一段と鈍くなる最近のダメ田内なのです。

田内

※写真の説明

1番目はアパタキ島行きの国内線。
20席程のほんまに小さないつ落ちてもおかしくないプロペラ機。

2番目はアパタキ島の航空写真。空港から飛び立ったところ。

3番目は島の集落(左下)とそのすぐ上の濃いブルー色の海は、
「パス」と呼ばれている自然にできた水路。